いつか書きたいこと、そして、人としての最低限の幸せとは?

いつか書きたいものがある。
それは母のこと。

母は、終戦間際、満州で生まれた。
祖母や母の兄姉は、引き揚げの途中、中国で死んだ。
公務員だった祖父は、シベリアに抑留された。
そして、当時赤ん坊だった母は、栄養失調で死にそうな状態だった。
今わたしがここにいるのは、そんな状況でも母が無事に日本に引き揚げてこれたからだ。
もし、母が栄養失調でその時死んでいたら今わたしはここにいない。
しかし、母を自分の子供として一緒に連れて帰ってくれた人がいるらしい。
その人がいたからこそ今わたしはここにいる。
しかし、日本に帰った母は、祖母も祖父もなく大叔父夫婦に引き取られ、小学生ぐらいになると小間使いか女中のように使われた。
中学を卒業するとすぐに就職したが、曽祖父や曾祖母が病気になると呼び戻されてその介護までさせられた。
大きくなると母が受け継ぐはずだった祖母の財産もいろいろ理由をつけ、シベリア抑留から帰ってきた祖父まで使って取り上げた親族。
苦労ばかりして生きてきた母
人を殺した軍人には軍人恩給があるが、戦争の犠牲になった母には何もない。
弱者は、犠牲になるだけの国、それが、日本の国だ。
今も昔も変わらない。
でも、情けないのは国だけじゃない。
そんな母に何も出来ない自分…
それなのに、母は言うのだ。
「ごめんね、苦労ばかりかけて。他の人みたいに幸せにしてあげられなくて」と
小さい頃に「生まなければ良かった」と傷つけられたこともあった。
成人してからもいろいろあった。
けど、年老いた母のこの一言で、母のつらい心の隙間から零れ落ちた言葉も許せた。
そんな母のことをいつか書きたいと思っている。

そして、この国の人が二度と戦争をしないように、人としての最低限の幸せを感じられるように、基本的人権を守れるように、人として何か出来るようにしたいと思う。
それが、力のないわたしの人として最低限出来ることだと思っている。

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